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京都地方裁判所 平成9年(ワ)1196号 判決 1998年3月06日

原告

京都信用保証協会

右代表者代表理事

片山健三

右訴訟代理人弁護士

芦田禮一

井木ひろし

伊藤知之

被告

甲野太郎

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

渡辺馨

主文

一  被告甲野太郎は、原告に対し、金九九一万六三九四円及び内金二二五万円に対する平成九年七月一日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員(計算方法は年三六五日の日割計算)を支払え。

二  原告の被告甲野花子に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告甲野太郎に生じた費用を被告甲野太郎の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告甲野花子に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告甲野太郎に対する請求

主文第一項同旨

二  被告甲野花子に対する請求

1  被告甲野太郎と被告甲野花子が別紙物件目録記載の各不動産についてなした平成七年五月二五日付け贈与契約を取り消す。

2  被告甲野花子は、原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき、京都地方法務局平成七年六月五日受付第一五七八〇号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

1  被告甲野太郎に対する請求

右請求は、原告が訴外苅谷憲二(以下「訴外苅谷」という)の訴外京都信用金庫南桃山支店(以下「訴外金庫」という)からの借入れにつき信用保証し、保証債務の履行としての代位弁済したことから、右信用保証により生ずる訴外苅谷の債務につき連帯保証していた被告甲野太郎(以下「被告太郎」という)に対し、保証債務の履行として、右代位弁済金等の支払を求めたものである。

2  被告甲野花子に対する請求

右請求は、被告太郎に対し前項の債権を有する原告が、被告太郎と被告甲野花子(以下「被告花子」という)との間で別紙物件目録記載の各不動産(以下、両者を「本件不動産」、土地・建物をそれぞれ「本件土地」「本件建物」という)についてなされた平成七年五月二五日付け贈与契約(以下「本件贈与」または「本件贈与契約」という)が詐害行為に当たるとして、その取り消しと、本件贈与契約に基づいてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求めたものである。

二  基礎的事実

以下の事実は、当事者間に争いがない事実及び文中記載の証拠によって認定した事実で、本件の中心的争点を判断する基礎となる事実である。

1  原告は、訴外苅谷の委託により、昭和五八年七月三〇日、訴外苅谷及び被告太郎との間で、左記内容の信用保証委託契約を締結した(甲五の1ないし4)。

(一) 訴外苅谷が、訴外金庫から金員を借り受けるにつき、原告は、借入金七〇〇万円の限度で訴外苅谷のために信用保証協会法に基づく保証を行う。

(二) 原告が右保証に基づき、訴外苅谷のため訴外金庫に弁済したときは、訴外苅谷は、原告に対し、直ちに右弁済額及びこれに対する弁済日の翌日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による損害金(ただし、計算方法は年三六五日の日割計算とする)を支払う。

(三) 被告太郎は、訴外苅谷が原告に対して負担する前記債務を連帯して保証する。

2  原告は、前記信用保証委託契約に基づき、訴外金庫に対し、昭和五八年八月一八日付け信用保証書を発行することにより保証をなした(甲六)。

3  訴外苅谷は、原告の保証に基づき、昭和五八年七月三〇日、訴外金庫から、七〇〇万円を、利息年9.0パーセント、返済条件昭和五八年九月五日を第一回とし、以後毎月五日までに一二万円宛(最終回は四万円)分割返済、ただし、変更後は、昭和六〇年六月五日を第一回とし以後一か月毎の五日に一二万円宛(最終回は一一二万円)分割返済の約束により借り入れた。なお、右借入に際し、訴外苅谷は、右分割金の返済を一回でも怠ったときは、訴外金庫からの請求により期限の利益を喪失して、残額を即時返済することを約した(甲九、甲一〇の1・2)。

4  訴外苅谷は、訴外金庫に対し、元金として一四四万円、利息として昭和六〇年二月五日までの分を支払ったのみで、その余の返済を怠り、訴外金庫の請求に対しても返済がなかった(甲一一の1・2)。

5  原告は昭和六一年五月一九日、前記保証に基づき、訴外金庫に対し、元金として五五六万円、利息として六四万一六〇八円の合計六二〇万一六〇八円を代位弁済した(甲一三)。

6  その後、原告は、別紙「一部弁済ならびに損害金計算表」中、返済日の項記載の各日に返済額の項記載の各金員の返済を受けた。

7  被告太郎と被告花子は、昭和四六年一一月二五日に婚姻届出をした夫婦である。

8  別紙物件目録(一)記載の土地は、昭和四六年九月五日売買により被告太郎が所有権を取得し、同目録(二)記載の建物は、被告太郎が昭和四五年八月一日に新築し所有権を取得したものである。

9  被告太郎は、同人の唯一の財産である本件不動産につき、平成七年五月二五日付けで被告花子に贈与し、右贈与を原因として京都地方法務局平成七年六月五日受付第一五七八〇号をもって所有権移転登記を経由した。

三  争点

1  被告太郎に対する求償請求の成否

2  詐害行為取消請求について

(一) 本件贈与契約の詐害行為性(財産分与と同視できるか)

(二) 本件贈与契約時の被告太郎の詐害意思

(三) 被告花子の本件贈与契約時の善意

(四) 争点についての当事者の主張

1  争点1について

被告太郎は、公示送達により呼び出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しなかった。

2  本件贈与契約の詐害行為性(争点2(一))について

(一) 被告花子の主張

被告らは、被告太郎の不貞行為などが原因で平成元年ころから家庭内別居状態となっており、平成六年六月には被告花子から離婚調停を申し立てたが、被告太郎が出頭しなかったため不成立となった。そして、同年七月二五日、被告太郎は家を出て以後別居状態が続いており、本件贈与契約がなされた平成七年五月二五日ころには、被告らの夫婦関係は完全に破綻し、事実上の離婚が成立していた。裁判離婚の訴えを提起していれば、離婚とともに慰謝料及び財産分与が認められていたことは容易に推測できるが、裁判費用がなかったことから訴訟提起ができなかったにすぎない。このように事実上の離婚が成立している夫婦間においては財産分与が認められるべきである。

そして、離婚に伴う財産分与については、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられず、当該財産分与が民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえない。

しかるところ、被告ら夫婦の離婚原因は、被告太郎の不貞行為等であり、このような場合離婚慰謝料額は五〇〇万円から六〇〇万円が相当である。

また、本件不動産の本件贈与契約時の時価は一〇〇〇万円程度であり、この価格から右離婚慰謝料五〇〇万円ないし六〇〇万円を控除すると、財産分与の額は四〇〇万円から五〇〇万円となる。

右に加え、被告花子、被告太郎の平成七年五月までの婚姻歴は約二四年であり、このうち夫婦生活が円満に続いたのは七年しかなく、被告太郎が帰宅しないこともしばしばあったことから、被告花子が本件不動産の維持、管理に貢献してきたこと、財産分与は離婚後における被告花子の生活保障の性格も有しているところ、被告花子は不動産はもちろんのこと預貯金もなく、パート社員として平均月額一六万円余の給与を支給されているだけであることなどの事情を考慮すると、本件贈与契約は離婚慰謝料及び財産分与として「不相当に過大」ではないことは明白である。

(二) 原告の主張

被告らは、現在に至るまで離婚をしておらず、被告花子に財産分与請求権が発生していないから、詐害行為取消権を制限する必要はなく、本件贈与を財産分与を理由として詐害行為に該当しないと主張するのは失当である。

被告花子の財産分与の主張は、内縁関係を準婚として法律上の夫婦に準じて解釈するのと同様、夫婦関係が実質上破綻している夫婦の場合には、離婚に準じて財産分与を認めるべきだという趣旨の主張と解釈される。

しかしながら、内縁関係では当事者双方に婚姻の意思あるいは夫婦として共同生活をする意思があるのに対し、本件では、少なくとも被告太郎に離婚意思はない。したがって、本件を離婚に準じて考えるのは相当でない。

また、内縁関係にあるものは一方的に婚姻届を提出して法律上の夫婦となることはできないのに対し、真に財産分与を望む者は離婚及び財産分与を求める裁判を提起することによりその目的を達することができるのであるから、このような法的手続をとっていない者に対し、実質上婚姻関係が破綻しているからといって、離婚した場合と同様の法的保護を与えるのは相当ではない。

仮に本件贈与を財産分与と同視するとしても、被告らの婚姻関係破綻の原因を被告太郎の不貞行為であるとする客観的な証拠はなく、被告花子が離婚するとしても、離婚慰謝料として五〇〇万円ないし六〇〇万円が認められる蓋然性はないし、本件贈与契約時における本件不動産の価値は一〇〇〇万円以上であり、本件不動産が被告太郎の唯一の財産であり、被告太郎の債権者にとって唯一の担保となっていたことを考えると、本件不動産すべてを被告花子に贈与するのは不相当に過大であり、財産分与に仮託してなされた財産処分というべきである。

3  本件贈与契約時の被告太郎の詐害意思(争点2(二))について

(一) 原告の主張

原告は、前記保証に基づく昭和六一年五月一九日の代位弁済後、主債務者の訴外苅谷並びに連帯保証人である訴外苅谷博司及び被告太郎と代位弁済金の支払方法につき協議していた。ところが、平成五年四月、被告太郎が代表者を務める株式会社匠が二回の不渡りを出して取引停止処分を受けて倒産した。その当時の匠の負債総額は約一億円である。同人は、本件不動産を処分して債務整理をすると言っていたが、その後連絡がなくなり、原告から催告しても応答がなかった。

原告は、平成九年二月二六日、被告ら宅を訪問したが、不在であったので、隣家の人に尋ねたところ、被告太郎は二年くらい前からここに住んでいない、奥さんが一人で住んでいるが昼間は仕事に出ていて不在である、とのことであった。二年前というと、平成七年であり、本件不動産の名義を贈与を原因として妻である被告花子に移転した時期と符合する。

前記のような交渉経過、被告太郎の負債状況、被告太郎に本件不動産以外にめぼしい財産はなかったこと及び本件不動産の所有権移転時期と出奔時期からして、本件贈与契約は、原告に対して負担する前記債務を弁済する資力がなくなるのを承知の上、原告を害する意図のもとになされた詐害行為であると考えられる。

(二) 被告の主張

原告は、訴外金庫の訴外苅谷に対する貸付金につき昭和五九年八月八日に「事故報告」を受け、それ以降債務者である訴外苅谷及び連帯保証人である被告太郎に対し、支払方の督促を行ってきている。被告太郎は、このような状況の下で代表取締役をしている株式会社匠(以下「匠」という)が本件不動産に対し設定していた原告の根抵当権の被担保債務(極度額六〇〇万円)について、昭和六三年一〇月一一日に弁済している。その後、匠は、平成五年四月一九日、二回目の不渡りを出し、同月二二日銀行取引が停止になっている。

もし、被告太郎に、原告を害する意図があったならば、右債務完済の昭和六三年一〇月一一日以降の近接した日か、遅くとも匠が倒産した平成五年四月二二日以降の近接した日に被告花子に本件不動産を贈与したはずである。これをしていない以上、被告太郎には原告を害する意図はなかったと考えられる。

4  被告花子の本件贈与契約時の善意(争点2(三))について

(一) 被告花子の主張

被告花子は、匠の取締役になっているが、被告太郎が無断で登記したものであり、被告花子は匠の経営に参画したことはない。もっとも、被告花子は、昭和五四年秋ころから昭和五八年春ころまで匠に勤務していたが、退社後は匠の経営状況を知らされることはなく、匠が手形不渡を出して倒産した事実も知らされていなかった。被告花子が、被告太郎の本件連帯保証の事実を知ったのは、本件訴状によってである。したがって、被告花子は、本件不動産の贈与を受けた平成七年五月二五日には、右事実を知らなかったのであり、本件贈与契約により被告太郎の債権者を害するという認識はなかった。

(二) 原告の主張

被告花子は、被告太郎の妻であり、また、被告太郎が代表取締役をしていた匠の取締役を務め、昭和五八年ころまで同社で仕事をして匠の調子が悪いこと及び店舗を明け渡したことは知っており、匠が倒産したことも人づてに聞いていた。また、被告太郎が最終的に家を出たのは平成六年七月ころでそれまで被告太郎は生活費も入れて、被告花子と同居していたのである。したがって、被告花子は、被告太郎が多額の債務を抱えていたことを知っていたものと考えられる。さらに、被告花子は、原告から郵便物が来ているのを知っていた。

以上の事実に照らすと、被告花子は、本件贈与契約により被告太郎が無資力となって、債権者を害することになることを知っていたというべきであり、被告花子が善意であるとはいいがたい。

第三  当裁判所の判断

一  被告太郎に対する求償金請求について

前記基礎的事実1ないし6によれば、原告は、被告太郎に対し、求償債権残元金二二五万円、平成九年四月一日から平成九年六月三〇日までの間の別紙「一部弁済ならびに損害金計算表」記載のとおりの確定損害金七六六万六三九四円及び右求償債権残元金に対する平成九年七月一日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める請求権を有していることが認められる。

よって、原告の被告太郎に対する請求は、全て理由がある。

二  被告花子に対する請求について

1  事実経過について

証拠(甲一四、一五、一六、乙五=被告花子陳述書、証人倉貫正雄、被告花子本人のほか、文中記載の書証)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告太郎関係

被告らが婚姻した昭和四六年当時、被告太郎は、呉服卸商の野口株式会社に勤務していたが、昭和五三年に退社・独立して、呉服卸商を営むようになり、昭和五五年一〇月一日、これを法人化して株式会社匠を設立した(資本金・六〇〇万円、目的・染呉服卸業、役員・代表取締役被告太郎、取締役被告花子外一名。乙三)。

匠は、店舗を賃借して営業活動を展開してきたが、業績が伸びず、法人化直後ころにそれまでいた従業員二名を退社させ、被告花子に手伝わせて営業を続けてきた。

被告太郎は、昭和五八年七月三〇日に訴外苅谷の借入のために原告との間で本件の保証をし、同年一〇月には、原告と匠間で保証委託取引を開始し、本件不動産に匠を債務者とする極度額六〇〇万円の根抵当権(以下「匠の借入分の根抵当権」という)を設定した(甲一、三)。

ところが、翌五九年八月には、訴外苅谷の支払が滞り、訴外金庫から原告に対し、事故報告がなされ、昭和六一年五月一九日には原告が代位弁済する事態になった。原告は、右代位弁済前後を通じ、連帯保証人である被告太郎を含めて支払計画等の交渉を進めており、その間何度か被告らの自宅に通知文書を郵送している。

このような交渉過程にあった平成四年ころ、被告太郎は、業績の悪化から匠が貸借していた店舗を明け渡し、実家で営業をするようになっていたが、匠は、平成五年三月一八日に第一回の手形不渡りを出し(甲一七)、同年四月一九日に第二回の手形不渡りを出すに至り(甲一八)、同年八月三一日、解散決議をし、同年一二月一日に閉鎖するに至った(乙三)。なお、時期は不明であるが、匠の借入分の根抵当権の被担保債務については完済されている。

そして、平成五年五月二一日の原告との交渉で、被告太郎は、自宅(本件不動産)を処分して被告苅谷関係の保証債務についても返済する意向を示していた。

(二) 被告花子関係

被告花子は、結婚後子供も出来なかったので、働くことにし、昭和四七年秋ころから株式会社ラクヨーカラーに勤務するようになったが、被告太郎が独立して事業を営むことになった後、後記のような事情から、昭和五四年秋ころ同社を辞め、被告太郎の事業を手伝うようになり、匠の設立後も仕入、売上伝票の作成や顧客の接待や電話番等をするようになったものの、思ったように売上が伸びないことから、従業員は被告花子一人で十分な状態であり、前記のように従業員は辞めることになった。なお、匠の設立時に被告花子も取締役に就任しているが、被告太郎が勝手にしたことで、被告花子は承知していなかった。

その後、被告花子は、後述のように被告太郎との夫婦関係が悪化したことから、店で被告太郎と顔を合わせるのも苦痛になり、昭和五八年春ころに匠を退社し、匠の取引関係の佐東謙一から帯の仕立ての仕事をもらい、自宅で仕事をするようになった。しかし、次第に仕事量も少なくなって収入が低下し、加えて被告太郎からの生活費が昭和六〇年代になるとそれまでの月一〇万円が月三万円から五万円程度に減ってしまったので、被告花子の収入を多くする必要から、昭和六二年九月から同年一二月までは株式会社ラクヨーカラーに再度勤務し、昭和六三年一月からは株式会社遠藤写真工芸所にパート社員として勤務するようになり、今日に至っている。平成八年一〇月から平成九年九月までの一年間の総支給額は二〇二万八六九二円(月額一六万九〇五七円)である。

(三) 被告らの関係

被告らの夫婦関係は、昭和五三年ころまでは特に問題もなかったが、被告太郎が独立したころからきちんと生活費を家計にいれなくなったことから、被告花子は、疑問を抱き、昭和五四年春ころ興信所に素行調査を依頼し、被告太郎が祇園のスナックのママの丙川と関係を持ち、売上を同女につぎ込んでいることが判明した。その後は、夫婦喧嘩が絶えない状態になったが、被告太郎は、被告花子の説得にもかかわらず、丙川との関係を絶たず、被告花子は、生活費を確保する意味もあって、被告太郎の店で働き、売上から毎月二〇万円ないし三〇万円を生活費として持ち帰るようになった。

しかし、昭和五七年になっても被告太郎と丙川との関係が続いていたため、被告花子は、被告太郎側の親族にも立ち会ってもらって、離婚することになり、本件不動産を慰謝料及び財産分与として被告花子が取得することを条件に離婚することになり、被告太郎も離婚届(乙四)に署名押印した。

ところが、その後、被告太郎が頭を下げて、丙川とは手を切るから離婚しないでくれと頼んできたことから、被告花子は離婚を思いとどまった。そして、しばらくは被告太郎も外泊するようなことはなかったが、昭和五八年に入るとまた深夜に帰宅したり外泊するようになり、被告花子が口やかましく女との関係を絶つよう言ったのに対し、被告太郎はこれを無視する態度にでて、夫婦の会話もなくなり、被告花子は匠を辞めた。そして、被告らは、平成元年ころからは、寝室も別にするようになり、夫婦関係もなくなった。

このような状態の中でも、被告花子は食事や洗濯等はし、被告太郎も月に一〇万円位の生活費は渡していたが、平成六年三月ころから再び被告太郎の外泊が続くようになり、生活費も入れなくなり、太秦のスナックのママと関係が出来ているとの情報もあった。このような事態になり、被告花子も離婚を決意し、同年六月、京都家庭裁判所に離婚等を求めて、夫婦関係調整調停を申し立てた(乙一)。この当時は、被告太郎はほとんど帰宅することはなかったが、第一回調停期日の同年七月二八日の直前の二四日にたまたま帰宅したので、被告花子から被告太郎に調停を申し立てたことや第一回期日などを伝えたが、被告太郎は離婚はしないと言い、翌二五日以降全く帰宅しなくなり、調停にも出席せず、不調となった。以後、被告太郎は帰宅することなく、今日まで別居状態が続いている。しかし、被告花子は、経済的問題もあり、裁判離婚の手続は取らないまま推移している。

(四) 本件贈与の経緯等

被告花子は、その後被告太郎の携帯電話に何度か連絡し、離婚や本件不動産の贈与などを要求していたところ、被告太郎は、離婚はしたくないとの意向を示していたが、平成七年五月八日、かねてから知り合いの宮原まり子司法書士に対し、前記宮本満子の債務は完済したから所有権移転登記を抹消し、被告花子に贈与する手続を依頼し、被告花子に対してもかねての約束どおり本件不動産を贈与する旨を連絡し、右司法書士事務所で手続をするように指示した。被告太郎は、実印は被告花子に預けたままで所持していなかったが、その余の必要書類には自ら署名し、印鑑登録証明書等も提出した。そして、被告花子が同司法書士事務所を訪れて、それらの書類に被告太郎の実印を押捺するとともに必要書類を作成し、同司法書士は、被告らの依頼に従って本件不動産につき、本件贈与に基づく所有権移転登記手続をした。なお、平成七年五月二五日、本件不動産の前記宮本満子の所有権移転登記が錯誤を原因として抹消され、同年七月一日には、本件土地に匠が設定していた根抵当権(権利者・株式会社白寿苑、極度額・三〇〇〇万円)等についても放棄を原因として抹消されている(甲一、三、一九、乙六、七の1・2)。

(五) 本件不動産の価格

本件土地の固定資産評価額は、平成七年度が七九七万五四〇〇円(乙八の1)、同九年度が七四二万七九〇〇円(乙九の1)、本件建物は、両年度とも四八万〇二〇〇円(乙八、九の各2)、本件土地の路線価額は、同七年度が一一〇一万四五八〇円(乙一一)、同九年度が一〇三九万六九四〇円(乙一二)である。平成七年当時不動産価格の推移からみて、本件贈与契約が行われた平成七年当時の本件不動産の価格は一〇〇〇万円程度であったと推定される。

2  本件贈与契約の詐害行為性(争点2(一))について

(一)  右認定の事実経過から判断すれば、被告らの夫婦関係は、被告太郎の不貞行為に端を発して長期の家庭内別居状態が続いた挙げ句に、再度の不貞行為のうえに生活費を支給しなくなったことが主たる原因となって完全に破綻するに至り、被告花子は、離婚を望み調停も申し立てたが、被告太郎が離婚に反対し出頭しなかったことから調停は不成立となり、以後、被告太郎は家を出たまま帰らず、生活費も全く渡していない状態にあり、被告花子は、経済的な理由で離婚裁判を提起するには至っていないものの、本件贈与契約が行われた平成七年五月二五日当時においては、事実上の離婚状態にあったものと認めるのが相当である。

(二)  しかるところ、離婚に伴う財産分与については、「民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となり得ない」(最高裁第二小法廷昭和五八年一二月一九日判決・民集三七巻一〇号一五三二頁)とされており、この理は、事実上の離婚状態にあり、双方に離婚意思が合致している場合のみならず、一方が離婚に応じない場合であっても、裁判手続をすれば離婚判決が得られ、かつ、相応の財産分与もなされる蓋然性が高い場合にも同様に妥当するものと解するのが相当である。本件の場合は、本件贈与時点においても被告太郎が離婚には反対しているようであるが、前記認定の経過によれば、その有責性は顕著であり、離婚とともにある程度の慰謝料が認められる蓋然性は高く、また、以前離婚届を作成したときから被告らの生活の基盤である本件不動産は被告花子に財産分与することで合意していた経過や被告花子も長期に亘って稼働してきたことや婚姻期間の長さ等から判断しても、相当の財産分与が認められる蓋然性は高いと見るのが相当である。

(三) そこで、本件贈与が財産分与として不相当に過大であるか、財産分与に仮託してされた財産処分でないかについて検討することになるが、離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産の清算分配、離婚後における相手方の生活の維持、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付などの要素をも含めて分与することを妨げられないが、当該財産の取得や維持に対する寄与の程度とともに分与者の負債状態や分与者がある財産を分与することにより無資力になるということも考慮すべき事情の一つというべきである(前掲最高裁判決参照)。

しかるところ、本件不動産は、被告太郎が被告花子との婚姻前に取得した固有財産であるが、前記認定の被告花子の稼働状態から見れば、被告花子は、本件不動産を維持するうえで相応の協力をしてきたものと認められること、被告らの夫婦関係が破綻するに至った原因は主として被告太郎にあり、相応の離婚慰謝料が認められてしかるべきであること、本件不動産は、被告らの共同生活をしてきた自宅であり、被告太郎が家を出た後も被告花子が居住しており、被告花子の低い収入額からすれば、本件不動産に居住し続ける必要性が高いこと、被告太郎は、被告花子に贈与するに当たり、譲渡担保で本件不動産の所有権を移転していた宮本満子に債務を弁済し、本件土地に匠が設定していた根抵当権についても清算していること、原告の本訴請求にかかる代位弁済については、別紙「一部弁済ならびに損害金計算表」記載のとおり、本件贈与当時までわずかずつではあっても弁済が続けられており、本件贈与当時の求償元金は二七七万五〇〇〇円に過ぎなかったこと等前記認定の諸事情を総合すれば、本件不動産が被告太郎に残された唯一の財産であることを考慮しても、不相当に過大であるとまでは認められないし、財産分与に仮託してされた財産処分と見るべき事情もない。

したがって、本件贈与は、これを詐害行為と評価することは相当ではない。

3  なお、被告らの本件贈与時の認識についても検討するに、被告太郎については、訴外苅谷の本件債務について、原告との間において、何度も弁済方針について話し合いをもっており、自宅(本件不動産)を処分して債務整理をする意向を示していたこともあったことからして、本件不動産を処分すれば債権者の担保となるべき財産がなくなり、債権者を害するという認識を有していたと考えられる。

しかし、被告花子は、匠に勤務していた当時は、匠の経営状態がよくないことを認識しており、退社後も、借店舗を明け渡して被告太郎の実家で営業活動を続けるような状態にあることを伝え聞いてはいたが、昭和五八年春ころには匠を辞め、しかも平成元年ころからは、家庭内別居状態になり、夫婦の会話もほとんどなされなくなっており、本件を含め被告太郎の個人債務の存否やその状況を具体的に知る機会はなく、本件贈与は、かねてからの約束の履行であり、離婚状態にあることから実質的には財産分与であると認識していたことが認められ(被告花子本人)、平成七年五月当時、被告花子は、本件贈与契約によって被告太郎の債権者が害されることにつき善意であったと認めるのが相当である。

4  したがって、本件贈与が詐害行為に該当することを前提とする原告の被告花子に対する請求は理由がない。

四  よって、原告の被告太郎に対する請求はこれを認容し、被告花子に対する請求はこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官井垣敏生)

別紙<省略>

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